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【Africa Daily】モザンビークの騒乱は解決できるのか

2021/07/04

Africa Daily モザンビーク

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【Africa Daily】モザンビークの騒乱は解決できるのか
(Unsplash)

今日のエピソード


BBC World Service - Africa Daily, Can Mozambique’s insurgency be solved?

Four years of an Islamist insurgency. Mozambique’s had enough – but what’s the way out?

モザンビーク北部ではイスラム武装勢力による政府軍との戦闘のニュースが絶えず、誘拐・殺人・避難などが繰り返されている。なぜ終わらないのか。

なぜモザンビークの騒乱は解決が難しいのか。


この騒乱は2017年から始まった。場所はタンザニアとの国境近く、モザンビーク北部のカーボ・デルガード州だ。

3月にこの問題を取り上げた際には、イスラム国と繋がりがあるアル・シャバーブが問題視された。


【Africa Daily】なぜモザンビークで騒乱なのか?

それからどうなったか。モザンビークのジャーナリストに聞く。

モザンビークの北部ペンバはビーチがきれいな楽園だったが、最近の恐ろしいリポートはどうしたことか。2017年以降、過激派による虐殺と誘拐、避難による住民の難民化が進んでいる。軍による対処と国際社会の支援もあるが、状況は複雑だ。なぜカーボデルガード州で騒乱が起きているのだろうか?


それからどうなったか。モザンビークのジャーナリストに聞く。

「正式には、政府は問題を掌握したと言おうとしています。しかし現実には、毎日多くの人が中心都市パルマからの退避をよぎなくされている映像がながされています。」

「ペンバの避難民収容キャンプもいっぱいでこれ以上収容するスペースが無くなっています。政府は武装勢力を駆逐していると言いますが、食料やインフラも不足しています。」

「政府の主張には証拠がありません。記者会見でも確認できる証拠を示しません。避難民キャンプの取材では、政府の主張と異なる声を聞きます。」

「政府はパルマは安全で、住民に帰還するように言っているのです。」


政府は北部の支配を失い、パルマは武装勢力に掌握されているというが、どうなっているのか。

「避難してきた住民は、武装勢力は依然パルマを支配し殺戮を行っており、とどまることができないと言っています。軍による治安確保はないどころか軍を見ることも無いというのです。」

「そういう人たちが毎日、パルマから避難民キャンプに到着しています。」


しかし、どうしたらこの問題を解決することが出来るのか。この原因は、つまり根本にある若者の怒りや不満だ。しかし、政府は、まず地域を掌握しないと何もすることもできない。

軍は、周辺諸国の武力を借りての地域制圧の議論をまとめることが出来ず苦労している。南アフリカが積極的な一方、タンザニアは武力を送るつもりはない。

が、6月23日SADC(南部アフリカ開発共同体)の会議で、議論は進捗したのだ。

「良いニュースは、周辺諸国がモザンビーク北部の治安維持支援のための兵力派遣に合意したことです。但し、いつ・誰が・どうやって実行するか決まっていません。」

「タイミングとしては遅すぎます。政府はカーボ・デルガード州を最早掌握出来ていませんが、政府が周辺諸国に求める支援は部隊の訓練と輸送です。政府は諸国の軍隊に直接国内で活動してほしくないのです。」


軍事行動が唯一の解決策なのか。地元の見方はそれほど単純ではない。騒乱は、アル・シャバーブを駆逐するだけでは解決しないのだ。なぜなら、この騒乱はコミュニティ全体にひろがっているからだ。

「非常に理解が難しい問題です。コミュニティで成長した者が、コミュニティで殺戮行為を働くのです。3月のパルマ襲撃の際も、容疑者リストにある名前は同じコミュニティの者です。」

最初にこの問題に触れたとき、失業や鉱物資源を掘削する外国企業の存在など、社会・経済問題が背景と考えられた。今は、何が騒乱に駆り立てているのか。

「地元の住民は、カーボ・デルガード州の社会・経済問題が悪化していることに不満を持っています。支援機関が地域開発を呼び掛けていますが、パルマは未だ開発から遅れています。そして武装勢力が給料を払って殺戮行為に加担するよう呼び掛けていることに、住民は怒りを感じています。」


この問題を解決するためには、武力による制圧が先か、社会問題の解決が先か?

「まずは住民の安全を確保することが大事です。彼らは、武装勢力が来る前の生活に戻りたいのです。政府には、治安と元の生活を取り戻すことが求められています。住民は、パルマに戻ったら仕事をしなければなりません。」

「政府はこれらの対応をしなければなりません。第一に安全を確保して住民を元に生活に戻ることです。今の戦闘だらけのパルマには戻りたくありません。」

地域を掌握し、治安を回復し、開発し、雇用を確保し、インフラも・・・実に大変なことだ。

しかも武装勢力との戦闘にはカネがかかる。この紛争そのものが地域経済に大きな負担となっているのだ。

「カーボ・デルガード州はかつては外資にとって魅力的な投資先でした。また、以前は、カーボ・デルガード州には良い生活環境や良い職がありましたが、今は誰も来たくありません。」

「かつてカーボ・デルガード州は多くの外資を引き付けてきましたが、今や多くがモザンビークから撤退しています。石油・ガス企業も治安が回復したら戻ってくると言っています。」

「カーボ・デルガード州が元に戻るには時間がかかるでしょう。人々は未だに毎日避難しており、誰もパルマなどに戻ろうとしないのです。」

「パルマからのボートを毎日見かけます。パルマは危険で、そこにはいられないのです。」

モザンビークとイスラム教

ポルトガルの植民地であったモザンビークは、公用語もポルトガルであり宗教としてはキリスト教(カトリック)のイメージが強いですが、歴史的にはイスラム教との繋がりも深い国です。現在でも人口の2〜4割がイスラム教徒との調査もあります。

元々東アフリカ沿岸部は、オマーンの影響を強く受けており、タンザニアのザンジバルは一時期オマーン帝国の首都でもありました。オマーン帝国の影響力はまさにモザンビーク北部にも及んでおり、イスラム教の強い影響もあったものと思われます。

なお、外務省ホームページによれば、国名の「モザンビーク」も、ポルトガル人が来航する前に北部沿岸の島々を支配していたアラブのスルタンの名前「Musa al bique」に由来するとのことです。モザンビーク北部は、歴史的にイスラム教の影響も受けながら、アラブ商人との交易などで栄えてきたものと思われます。


わかる!国際情勢 Vol.159 モザンビークという国 - 日・モザンビーク外交関係樹立40周年

2017年,日本とモザンビークは,外交関係樹立40周年を迎えました。かつてより交易で栄え,多様な歴史と文化を育んできたモザンビークという国と日本は,今までどのような関係を築いてきたのでしょうか。この機会に改めて,モザンビークという国と,日本の協力や二国間の交流について紹介します。

といっても、こうした歴史的背景と今日のイスラム武装勢力の動きとは直接は関連しないようです。一日も早く治安が回復し、落ち着いた生活が戻ることを祈るばかりです。

BBC Africa Dailyでアフリカを知ろう

BBC Soundsで配信されるAfrica Dailyのエピソードを聴いて、英語ヒアリングの練習と一緒にアフリカの出来事に目を向けてみる記事。平日毎日配信されるエピソードをなるべくカバーするよう頑張りますが、無理のない範囲でやります。また、エピソードに関連する情報や気になることも合わせて付け加えます。

なお、記事の内容はエピソードを個人でヒアリングの上あるだけの知識で意訳しているもので、誤訳や解釈だらけかもしれません。これらから生じるいかなる不利益にも責を負いません。

また、エピソードの配信期間は配信初日から1年です。


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